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大阪地方裁判所 昭和30年(ワ)3720号 判決

原告 吉本五郎右衛門

被告 藤沢義雄 外二名

主文

原告に対し被告藤沢義雄は大阪市北区梅田町二二番地の七宅地四七坪三合上の木造スレート葺二階建店舗一棟建坪約四五坪、二階坪三三坪七合六勺(但し登記簿上の建坪は三五坪八合二勺)を収去して右土地を明渡し、被告株式会社藤沢製作所及び被告柴峠竹一は右建物から退去して前記土地を明渡すべし。

被告藤沢義雄は原告に対し金一、七六九、八三六円及び昭和三二年一月一日から右土地明渡済まで一個月金四九、二三九円の割合による金員を支払うべし。

原告の被告藤沢義雄に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その三を被告藤沢義雄の負担とし、その各一をそれぞれ被告株式会社藤沢製作所及び被告柴峠竹一の負担とする。

本判決は第二項に限り原告において、被告藤沢義雄に対し金五〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告は、原告に対し被告藤沢は大阪市北区梅田町二二番地の七、宅地四七坪三合上の木造スレート葺二階建店舗一棟建坪約四五坪、二階坪三三坪七合六勺(但し登記簿上の建坪は三五坪八合二勺)を収去して右土地を明渡し、被告会社及び被告柴峠は右建物より退去して前記土地を明渡すべし、被告藤沢は原告に対し金二、二一四、八八六円及び昭和三二年一月一日から右土地明渡済まで一箇月金四九、二三九円の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

大阪市北区梅田町二二番地の七宅地四七坪三合は原告の所有であるが、被告藤沢は昭和二四年一一月五日以降、右地上に存在する木造スレート葺二階建店舗一棟建坪約四五坪、二階坪三三坪七合六勺(但し登記簿上三五坪八合二勺)を所有し、爾来原告に対抗し得べき権原なくして前記土地を占有し、原告の所有権を侵害しつつある。

被告会社及び被告柴峠は右建物を被告藤沢から借受け現にこれを使用し、延いて原告に対抗し得べき権原なくしてその敷地である本件土地を占有している。

原告は被告藤沢の不法占有により本件土地の相当賃料と同額の損害を蒙りつつあるところ、右土地の相当賃料は別表記載の金額と同一であるから、被告藤沢に対して前記建物を収去して本件土地を明渡し、且つ昭和二六年六月一日から昭和三一年一二月末日までの別表記載の割合による損害金合計金二、二一四、八八六円及び昭和三二年一月一日から右土地明渡済まで一箇月金四九、二三九円の割合による損害金の支払を求め、爾余の被告等に対しては右建物から退去して本件土地の明渡を求めるため、本訴に及んだと陳述し、

被告等の主張に対し、原告が昭和二〇年一二月一日訴外中川熊太郎に本件土地を賃貸し、中川が右地上に本件建物を建築所有し、昭和二四年一一月五日これを被告藤沢に売渡したこと、昭和二二年二月二七日原告と中川との間に本件土地の売買契約が成立し、その代金及び支払方法が被告等主張の如くであることは争わない。

原告と中川との間の土地売買契約には、代金の分割弁済を一回にても遅滞したるときは、何等の手続を要せず、売買契約は当然解除せられ、支払済の代金の内金は違約金に充当する旨の特約あるところ、中川は契約と同時に金一〇、〇〇〇円、昭和二二年四月五日金三〇、〇〇〇円、合計金四〇、〇〇〇円を支払つたのみで残額の支払をしなかつたので、右特約に基き、前記売買契約は同年四月末日の経過と共に当然解除せられ、支払済の金四〇、〇〇〇円は違約金の支払に充当し、これに伴い右土地の賃貸借契約が復活したのである。

原告は昭和二三年初頃中川が本件地上家屋と共に本件土地の賃借権を被告藤沢に無断譲渡した事実を発見したが、当時中川は所在不明であつたので、極力同人の行方を探求した結果、昭和二六年五月ようやく同人の所在が判明したので、同月二三日付、翌二四日到達の書面で中川に対し本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなすと共に、念のため、前記売買契約が既に解除せられたることを明らかにしたのである。従つて被告藤沢の地上建物買受当時、原告と中川との間の土地売買契約は既に適法に解除せられ、存在していなかつたのである。そして原告は中川の賃借権譲渡について承諾を与えたことがないから、被告等の主張は失当であると陳述し、

証拠として甲第一乃至四号証(但し同第二、四号証は各一、二、)を提出し、原告本人尋問の結果(第一、二、回)鑑定人佃順太郎、同勝清一の鑑定の結果を援用し、乙第一号証は官署作成部分の成立は認めるがその余の部分は不知、爾余の乙号各証は成立を認めると述べた。

被告等は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告主張の宅地がもと原告の所有であつたこと、被告藤沢が原告主張の日時本件建物の所有権を取得し、被告会社が右建物一階東側三分の二を、被告柴峠がその西側を各被告藤沢から借受け、現に使用中であることは認めるが、現在本件土地が原告の所有に属することは否認する。

(一)  訴外中川熊太郎は昭和二〇年一二月一日原告から本件土地を賃借し、右地上に建物を建設所有していたところ、昭和二二年二月二七日原告との間に、本件土地を代金一四四、〇〇〇円で買受け、代金は契約と同時に金一〇、〇〇〇円、同年三月一四日及び同月三〇日各一五、〇〇〇円、同年四月三〇日から同年一一月三〇日まで毎月三〇日金一〇、〇〇〇円宛、同年一二月三〇日金二四、〇〇〇円に分割して支払う旨の契約が成立した。右売買契約においては、売買物件の所有権は契約と同時に買主に移転する約定であつたから、右契約成立とともに本件土地の所有権は中川に移転したのである。そして被告藤沢は昭和二四年一一月五日中川から前記建物を買受けたのであるが、当時その敷地である本件土地の所有権者は中川であるから、被告藤沢の本件土地の占有については何等原告の承諾を要せざるものである。

(二)  仮りに本件土地の所有権が売買契約と同時に買主である中川に移転しなかつたとしても、被告藤沢が本件地上建物を買受当時、原告と中川との間の売買契約は存続中であつたから、被告藤沢が本件土地を占有するについては、何等原告の承諾を要せず、承諾を要するとしても、当然に原告の承諾ありたるものとみなすべきである。

(三)  更に仮りに被告藤沢の建物買受当時、原告と中川との間の土地売買契約が存続していなかつたとしても、被告藤沢は本件建物買受と共に本件土地の賃借権の譲渡を受け原告は中川の賃借権譲渡について承諾を与えているから、以上何れにするも、被告藤沢の本件土地の占有は原告に対抗し得べき正当権原に基くものであつて原告の本訴請求は失当であると陳述し、

原告の主張に対し、原告は昭和三二年一一月三〇日付準備書面に基き、原告と中川との間の本件土地売買契約は昭和二二年四月末日の経過と共に当然解除せられたと主張するけれども、原告は昭和三二年九月二六日の本件口頭弁論期日において右売買契約は昭和二六年五月二四日解除されたと主張しているから、被告等は売買契約解除の日時に関する原告の自白の取消に異議がある。

また被告は原告と中川との売買契約において、買主が代金の分割弁済を一回にても遅滞したるときは、何等の手続を要せず、売買契約は当然解除せらる旨の特約が存在したことは否認するのであるが、仮りに斯の如き特約が存在していたとしても、中川は昭和二二年四月三〇日までに第一回乃至第四回分割金合計金五〇、〇〇〇円を原告に支払い、第五回以後の分割金の支払遅延については当事者間に了解あり、原告は中川に対して支払を猶予していたのであるから、代金の分割弁済について中川に遅滞の責なく、従つて右特約によつて売買契約が解除せられることはないと陳述し、

証拠として乙第一号証同第二、三号証の各一乃至三を提出し、証人中川熊太郎、同奥博夫、同直原魁、被告藤沢本人の尋問を求め、甲第一、三号証、同第二号証の二は成立を認める、同第二号証の一、同第四号証の一、二、は官署作成部分の成立を認めるが、その余の部分は不知と述べた。

当裁判所は職権により原告本人を尋問(第三回)した。

理由

本件土地がもと原告の所有であつたこと、被告藤沢が原告主張の日時以降右地上の原告主張の建物を所有し、本件土地を占有し被告会社が右建物の一階東側三分の二を、被告柴峠がその西側を各被告藤沢から借受け、現にこれを使用中であることは当事者間に争がない。

被告等は原告が昭和二二年二月二七日本件土地を訴外中川熊太郎に譲渡したことを理由として、現在原告が右土地の所有権者であることを否認するけれども、後に認定する如く、原告と中川との売買契約においては、土地の所有権は中川が代金の分割弁済を完了したとき買主たる同人に移転する約定であつたところ、中川は代金を完済せず、右契約は適法に解除せられたのであるから、本件土地の所有権は依然原告に存するものといわなければならない。

そこで被告等の(一)の主張について考えると、原告が昭和二〇年一二月一日本件土地を中川熊太郎に賃貸したこと、昭和二二年二月二七日原告と中川との間に被告等主張の如き売買契約(但し売買の目的である土地の所有権移転の時期に関する約定の点を除く)が成立したことは当事者間に争のないところである。

そして成立に争のない甲第三号証によれば、原告と中川との間の本件土地売買契約には、土地の所有権移転登記手続は前記分割代金完済後遅滞なく行うこと、右土地に対する公租公課は所有権移転登記申請書を提出するまでは売主の負担とし、提出後は買主の負担とする旨の特約の存在したことが認められ、右事実に本件土地の代金は一二回に分割して支払う約定であつた事実及び原告本人尋問の結果(第三回)を綜合すると、右売買契約においては契約の目的たる土地の所有権は少くとも代金完済のときまで売主に留保し、買主に移転せしめざる約定であつたものと認めるを相当とする。

そうだとすると、被告藤沢が本件家屋買受当時、本件土地の所有権が中川に存したことを前提とする被告等の(一)の主張は理由がない。

よつて進んで被告等の(二)の主張について按ずると、成立に争のない甲第三号証、官署作成部分の成立に争がなく、原告本人尋問の結果(第一回)によつてその余の部分の成立を認め得る同第四号証の一、二に原告本人尋問の結果(第三回)を綜合すると、本件土地売買契約には、買主が代金の分割弁済を一回にても遅滞したるときは何等の手続を要せず、売買契約は当然解除せられる旨の特約あるところ、中川は昭和二二年四月五日までに合計金四〇、〇〇〇円を支払つたのに過ぎなかつたので、原告は右特約に基き昭和二六年五月二四日中川に到達した書面をもつて右売買契約解除の意思表示をなし、右契約は同日解除せられたことが認められる。

原告は、中川は売買契約と同時に金一〇、〇〇〇円、昭和二二年四月五日金三〇、〇〇〇円を支払つたのみで、残金の支払をしなかつたので、前記特約に基き本件売買契約は同月末日をもつて当然解除せられたものであると主張するけれども、原告本人尋問の結果(第一回及び第三回)に弁論の全趣旨を綜合すれば、右特約は催告の手続を不要ならしめたものに過ぎず、契約解除の意思表示を俟たず、当然契約解除の効果を発生せしめることを定めたものではないと解すべく、原告の主張は失当である。

被告等は中川は原告に対し昭和二二年四月三〇日までに第一回乃至第四回分割金合計金五〇、〇〇〇円を支払い、第五回以後の分割金の支払遅延については、当事者間に了解あり、原告は中川に対し、支払を猶予していたものであると主張するけれども、これを認むべき証拠がない。

従つて被告藤沢が中川から本件家屋を買受けたのは、本件土地の売買契約存続中のことであつて、土地の買主が既に売買の目的たる土地を占有する場合には、反対の特約のない限り、その土地を第三者に占有せしめることを許されるものと解すべきものであるから、本件土地の売買契約が原告と中川との間に存続する限り、被告藤沢の本件土地の占有は適法であるといわなければならず、甲第四号証の一は右特約存在の証拠としては十分ではない。

なお原告本人尋問の結果(第一、三回)によると、原告は本件土地の売買契約成立後も昭和二三年五月まで一ケ月一坪について金六円の割合による地代を中川から徴収していたことが認められるので、本件土地売買契約成立によつて従来原告と中川との間に存した土地賃貸借契約は消滅せず、一面成立に争のない甲一号証によれば、右賃貸借契約には、中川は本件地上建物を原告に無断で他に譲渡しない旨の特約が存したことが認められるから中川が本件建物を被告藤沢に譲渡し、本件土地を占有せしめることは、原告と中川との間に存在する賃貸借契約に違反するのではないかとの疑問があるけれども、前記原告本人尋問の結果によれば、原告が本件売買契約成立後も中川から地代を徴収したのは、売買代金が低廉であつたためであつて、他に賃貸借契約をも併存せしめなければならぬ特別の事情の存在したことが認められないから、右地代はむしろ土地売買代金の一部と認むべきものであつて、原告と中川との間の賃貸借契約は、一般の原則に従い、本件売買契約に更改せられ、消滅したものと解するを相当とすべく、甲第四号証の一及び原告本人尋問の結果(第三回)中有認定に反する部分は採用し難い。

しかしながら被告藤沢は本件家屋買受の際、中川が本件土地を原告から買受け、代金は未済であることを知つていたので、未済の代金は自ら支払う意図の下に、本件家屋の所有権とともに、本件土地の買主たる地位を中川から譲受けたものであつて、本件土地を中川から賃借したものでないことが認められ、原告が被告藤沢の買主たる地位の譲受について、承諾を与えたことを認むべき証拠がないから、原告と中川間における本件土地の売買契約が適法に解除せられたるときは、被告藤沢は本件土地の占有をもつて原告に対抗し得ざるに至つたものといわなければならず、結局被告等の(二)の主張を採用し得ない。

さらに被告等の(三)の主張について考えると、被告藤沢が本件土地を買受ける当時、原告と中川との間に右土地の売買契約が存続していたこと前記認定のとおりであるのみならず、原告が被告藤沢の本件土地の使用について承諾を与えていたとの点に関する証人中川熊太郎、同奥博夫、同直原魁の各証言を原告本人尋問の結果(第一、二回)と対比すると直ちに採用し難く、他にこれを認むべき確証がないから、被告等のこの主張も採用しない。

そうだとすると被告等の(一)乃至(三)主張は何れも失当であつて被告藤沢は昭和二六年五月二五日以降原告に対抗し得べき正当の権原なくして本件土地を占有していることに帰し、被告藤沢の本件土地の占有が正当の権原に基かぬものである以上、本件地上の建物を被告藤沢から借受け、延いてその敷地を占有する爾余の被告等も、原告に対抗し得べき権原なくして本件土地を占有するものといわざるを得ない。

そこで原告の被告藤沢に対する本件土地の不法占有による損害金の請求の当否について考えると、本件土地の売買契約の解除によつて、原告と中川との間の賃貸借契約が復活するものであるか否か、疑問があるけれども、仮りにこれを肯定するとしても、中川は本件土地の売買代金を完済せずして右地上家屋を被告藤沢に売渡し、また右売買契約は中川の債務不履行によつて解除せられたこと前記認定のとおりであるから、原告と中川との間に将来円満な賃貸借契約の存続を期待すること困難であつて、このような場合には、原告は賃貸借契約を解除し得べく、右解除の意思表示は売買契約解除の意思表示と共にこれをなすを妨げないものと解すべきものである。そして官署作成部分の成立に争がなく、その余の部分も原告本人尋問の結果(第一回)によつて成立を認め得る甲第四号証の一、二によれば、原告は昭和二六年五月二四日中川に到達した書面をもつて、本件土地の売買契約を解除すると共に賃貸借契約解除の意思表示をなしたことが認められるから、原告と中川との間の賃貸借契約は同日解除せられたものといわなければならない。

そうだとすると、被告藤沢は賃貸借契約解除の翌日である昭和二六年五月二五日から本件土地明渡済まで、賃料相当の損害金を原告に支払うべき義務があるのであるが、鑑定人勝清一、同佃順太郎の各鑑定の結果を綜合すれば、本件土地の相当賃料は別紙損害金表記載の損害金の額を下らざるものと認むべきものである。但し成立に争のない乙第二、三号証の各一乃至三によれば、原告は昭和二九年四月一四日付書面で、被告藤沢に対し同月分から一箇月金二三、六五〇円の損害金を支払うべきことを催告し、次いで昭和三〇年四月二六日付書面で同年四月分から一箇月金二八、四一〇円の損害金を支払うべきことを催告したことが認められ、原告本人尋問の結果(第三回)によれば、原告は当時右金額以上の損害金の支払を請求する意思がなかつたことが認められるから、被告藤沢は昭和二九年四月一日から昭和三〇年三月末日までは一箇月金二三、六五〇円、同年四月一日から昭和三一年三月末日までは一箇月金二八、四一〇円の割合による損害金を支払えば足るといわなければならない。

そうだとすると原告の本訴請求は被告藤沢に対し本件建物を収去して本件土地を明渡し、且つ昭和二六年六月一日から昭和三一年一二月末日まで前記認定の割合による損害金であること計算上明白である金一、七六九、八三六円及び昭和三二年一月一日から本件土地明渡済まで右認定の割合による損害金の支払を求め、爾余の被告等に対しては本件家屋から退去して、その敷地である本件土地の明渡を求める限度において正当であつてこれを認容すべく、その余は失当として棄却すべきものである。

よつて訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条但書、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 岩口守夫 山本久已 池尾隆良)

損害金表〈省略〉

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